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高知地方裁判所 昭和25年(行)36号 判決

原告 岡村産業株式会社

被告 高知労働者災害補償保険委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨

原告訴訟代理人は「訴外中村労働基準監督署長が昭和二十四年十一月二十六日附で原告の保險給付の請求を棄却しかつ訴外沖年治に関する災害補償を原告に負担させた決定並にその決定に対する原告の審査請求を訴外高知労働基準局保險審査官が昭和二十五年二月二十日附で棄却した決定及びこの決定に対する原告の審査請求を被告が同年四月二十二日附で棄却した決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申立てた。

三、事  実

原告等訴訟代理人は、その請求の原因として次のように述べた。

「訴外沖年治は原告雇傭の貨物自動車の運轉手であるが昭和二十四年十一月三日原告所有の貨物自動車を運轉し原告社長岡村爲義の帰宅を出迎に赴く途中幡多郡津大村沢野川字片山において運轉を誤つて崖下に轉落し死亡した。ところで原告は貨物運送の事業、林業等を営む会社で、これ等の事業は労働者災害補償保險法第三條第一項にいわゆる労働者災害補償保險の強制適用事業に属し、かつ原告の事業開始の日は右事故発生前の昭和二十四年四月一日のことである。從つて右法律に基き政府は右事故につき当然沖の遺族に対し遺族補償、葬祭料等の保險給付をしなければならない。そこで原告が訴外中村労働基準監督署長に対しその請求をしたところ同署長は昭和二十四年十一月二十六日附でこの請求を棄却しかつ沖の遺族に対する災害補償は原告がしなければならない旨の決定をした。原告はこの決定を不服として訴外高知労働基準局保險審査官に審査の請求をしたが同審査官は昭和二十五年二月二十日附でそれを棄却する決定をした。そこで原告は更に被告に対し審査の請求をしたのであるが被告もまた同年四月二十二日附で原告の請求を棄却する決定をした。そして被告等のこれ等の決定はいずれも労働者災害補償保險法第十八條に基いてなされたものである。ところで(一)沖の本件貨物自動車の運轉はいわゆる業務上のものでないから右事故は業務上の事由により発生したものではない。從つて右法律は本件事故に適用されるべきではない。しかるに被告等はそれを適用してその決定をしたのであるからそれはいずれも事実を誤認し右法律の適用を誤つたものである。(二)仮りにそうでないとしても右法律第十八條の規定は所定の要件がある場合政府は保險給付の全部または一部を支給しないことができるとあるだけで進んで事業主に対し補償の責を負担させる権限を與えたものではなく他にさような権限を被告等に與えた法律の規定はない。しかも原告の調査によれば右事故発生の当時沖は飮酒めいていしていてとうてい正常な運轉はできない情況にあつたものである。しかるに中村労働基準監督署長はあえて事業主である原告に災害補償を負担させる旨の決定をしたのであるからその決定はその権限を逸脱しまた事実の誤認に基くものといわねばならない。從つて被告等の決定はいずれも違法な処分である。原告は被告等のこの違法な処分の取消を求めるため本訴に及んだものである。」

被告の抗弁に対し「原告が被告主張のように保險料の納付を怠つたことは認めるがしかしそれにつき原告に故意または重大な過失があつたとの事実は爭う」と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、次のように述べた。

原告主張の事実中沖年治が原告雇傭の貨物自動車の運轉手で昭和二十四年十一月三日原告主張の場所において運轉を誤り轉落して死亡したこと、原告がこの事故を原因として中村労働基準監督署長に対し労働者災害補償保險法に基く保險給付の請求をし同署長が同年十一月二十六日附で原告主張のような内容の決定をしたこと、原告がこの決定を不服として高知労働基準局保險審査官に審査の請求をし同審査官が昭和二十五年二月二十日附でそれを棄却する決定をしたこと、そこで原告が更に被告に対し審査の請求をしたところ被告もまた同年四月二十二日附で原告の請求を棄却する決定をしたこと、なお被告等が労働者災害補償保險法第十八條に基いてその決定をしたものであることは認めるがその余の事実は爭う。原告は右法律による保險加入者として一定の期日までに法定の保險料を政府に納付しなければならない義務がある。しかるにその事業の経営上十分に支拂能力があり、高知労働基準局及び中村労働基準監督署長から度々督促を受け納入誓約書も差出していながら遂に本件事故発生の日まで四箇月以上の期間その納付を怠り事故発生の翌日急に納付したような状態である。これは故意または重大な過失によつて納付を怠つたものであること勿論であり、本件事故はその滯納中に発生したものである。そこで被告等は右法律第十八條により保險給付の請求を棄却する決定をしたものである。なお、もし本件事故が原告主張のように業務上のものでないとすれば保險給付は業務上の事故についてだけなされるのであるから原告の主張自体矛盾するものであるのみならずそれは被告の所管事項ではないから原告は労働者災害補償審査会に対し審査の請求をした上訴を提起すべきものである。また沖が飮酒めいていして運轉したかどうかは業務上の事故であるかどうかの判断には無関係であつて、仮りにさような事実がありそれが沖の重大な過失であつたとしても同人の死亡により使用者である原告は労働基準法第七十九條第八十條の規定上沖の遺族に対して当然遺族補償及び葬祭料を支拂わねばならない。政府は労働者災害補償保險法により使用者の災害補償を代行しているにすぎない。從つて前記第十八條の規定により保險給付を受けられないときは使用者である原告自らその補償をしなければならないのは当然のことである。以上のような次第であるから被告等の決定には原告主張のような違法な点はない。本訴請求は原告が労働基準法並に労働者災害補償保險法上当然負担すべき使用者の責任を免れようがためのものであつて勿論失当として棄却さるべきものである。(証拠省略)

四、理  由

訴外沖年治が原告雇傭の貨物自動車の運轉手で昭和二十四年十一月三日幡多郡津大村沢野川字片山において運轉を誤つて崖下に轉落し死亡したこと、原告がこの事故を原因として訴外中村労働基準監督署長に対し労働者災害補償保險法に基く保險給付の請求をし同署長が同年十一月二十六日附でこの請求を棄却しかつ沖の遺族に対する災害補償は原告がしなければならない旨の決定をしたこと、原告がこの決定を不服として高知労働基準局保險審査官に審査の請求をし同審査官が昭和二十五年二月二十日附でそれを棄却する決定をしたこと、そこで原告が更に被告に対し審査の請求をしたところ被告もまた同年四月二十二日附で原告の請求を棄却する決定をしたこと、そして被告等はいづれも労働者災害補償保險法第十八條に基いてその決定をしたものであることは当事者間に爭いがない。

そして証人渡辺勇太郎の証言により眞正に成立したと認める乙第一号証及び同証人の証言を綜合すると原告は貨物運送の事業、林業等を営む会社でその事業開始の日は昭和二十四年四月一日であつたことが認められ、これ等の事業は右法律第三條第一項により労働者災害補償保險の強制適用事業であるから原告と政府間には右事業開始の日である昭和二十四年四月一日に右法律に基く保險関係が成立したものといわねばならない。ところで先づ原告は本件事故は業務上の事由により発生したものではないからそれに右法律を適用すべきでない旨を主張する。もし本件事故が業務上の事由によるものでないとすれば労働者災害補償保險法は業務上の事由による労働者の災害に関して適用されるものであるから本件事故にこの法律が適用されるべきものでないこと原告主張のとおりである。しかしながら原告はもともと本件事故につきこの法律により被告等が当然保險給付をしなければならないのにそれを求める原告の請求を棄却したのが違法であると主張しているのであるからこの主張が採用されるためには本件事故は当然業務上の事由によるものでなければならない。從つて原告の主張は前後矛盾したものであつて、もし本件事故が業務上の事由によるものでないとすればその事実だけで被告等は保險給付をすべき法律上の義務がないのであるから原告の本訴請求はその理由がないこととなる。原告の主張はそれ自体において失当といわねばならない。なお、本件事故を業務上の事由によるものとして考えると原告が被告主張のように前記保險関係成立後本件事故が発生するまでの間四箇月以上も所定の保險料の納付を怠つていたことは当事者間に爭いがなく、また本件事故発生の翌日原告が急にそれを納付していること、しかもその間その事業の経営上原告に保險料の支拂能力はあつたことが証人渡辺勇太郎の証言により認められこれに反する証拠はない。そこで原告は故意あるいは少くとも重大な過失によつて保險料の納付を怠つたものといわねばならないのであつて、本件事故はその納付を怠つた期間中に生じたものであることが明らかである。かような場合政府は保險給付の全部または一部を支給しないことができることは右法律第十八條の明定するところである。そこでこの点においても被告等が原告の請求を棄却したのは寧ろ当然の処分であつてそれに違法な点はないというべきである。

次に右法律第十八條の規定が原告主張のような趣旨のもので進んで事業主に対し災害補償の責を負担させる権限を與えたものではないこと原告主張のとおりである。ところで中村労働基準監督署長がそれを原告に負担させた決定は正式の決定というべきものではなく單に同署長が原告の請求を棄却する際その職務上勧告的にさような文言を附加しただけのものにすぎないことが成立に爭いのない甲第一号証の文言並に証人渡辺勇太郎の証言により明らかであつてこれに反する証拠はない。のみならず仮りにそれが正式の決定であるとしても労働基準監督署長としてはさような決定をする権限がない訳のものでもない。すなはち労働基準法第八十五條によれば同署長は業務上の死亡の認定その他補償の実施に関し職権ででも審査ができることとなつているからさような決定も勿論その権限内のことであるといわねばならないからである。その上さような決定はもともと勧告的なもので労働者あるいは使用者が任意にそれに從わない限りはそれ等の者に対し直接権利を與えあるいは義務を負わすような特別の法律上の効力を有するものではなく只不服のある者が進んで労働者災害補償審査会の審査を請求しないしは訴を提起するための前提要件とされるだけのものである。すなはち本件において原告はその決定により災害補償をすべき法律上の義務を負担させられた訳のものではない。從つてそれはいわゆる行政訴訟で訴の目的とされるべき行政処分にはあたらないといわねばならない。しからば原告主張のその余の点につきいちいち判断するまでもなくこの決定に関する原告の主張もまた採用できないものであることが明らかである。

以上のような次第であるから原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴法費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 安芸修 谷本益繁)

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